達人に聞く、「カラーデザイン」の話。【吉澤陽介氏編#4】研究のすすめ
国際カラーデザイン協会のシニアカラーデザインマスター桜井輝子が各界の達人を訪ね、「カラーデザイン」にまつわるあれこれをインタビュー。ここでしか聞けない、とっておきの話をご紹介します。
デザイン学研究者
(独)国立高等専門学校機構 木更津工業高等専門学校 情報工学科 准教授
1976年長野県長野市生まれ.2010年博士(工学,千葉大学).
日産自動車,千葉大学大学院工学研究科機械系,千葉大学産学連携知的財産機構,千葉大学学術研究推進機構を経て,2015年10月に現職.木更津高専情報工学科において,他高専では類を見ないメディアデザイン研究室を主宰し,視覚伝達デザイン・情報工学・人間工学の境界分野における研究・制作活動を行なっている.個人としては,JIS慣用色名が正しく用いられているか否かをデザイン心理学のアプローチにより明らかにして,JIS慣用色名の価値を定量評価することに力を入れている.
日本色彩学会,日本デザイン学会,日本基礎造形学会,長野県デザイン振興協会などに所属.
取材日/場所:2018年3月19日(月)/千葉県木更津市 木更津工業高等専門学校
- 吉澤陽介 ♯4
- 研究のすすめ
- 話題がガラッと変わるのですが、学生さんを指導する際に、子育てのご経験が活かされている部分ってありますか?
- 現在2歳の息子がいますが、新しい言葉を発したり、新しいことができたりすると必ず褒めます。子育てと学生指導に共通しているのは、少しでも前進したら評価するということだと思います。どんな些細なところでも見るようにしています。見るといっても、比較的遠くから見守るイメージです。基本的に学生のほうから報告をしてもらい、情報共有をしながら「できたこと」「これからできそうなこと」を確認して、成功体験を積み重ねるようにしています。私から「ああしなさい、こうしなさい」と指導すると、学生を『イエスマン』にしてしまいそうで・・・。学生の主体性を尊重すると同時に、少しだけ助言をする程度にしています。
- なるほど。見守るというところがポイントですね。ちなみに、吉澤先生が理想とする指導者はいらっしゃいますか?
- 私は、バスケットボール漫画の「スラムダンク」(井上雄彦さん作,集英社)が大好きで、作中に出てくる湘北高校バスケットボール部の安西監督を自身のロールモデルにしています。安西監督は、殆どすべてのことをキャプテンの赤木剛憲に委ね、安西監督本人は要所要所で選手に助言したり、チームの強みをより一層活かすべくバスケットボールを初めたばかりの桜木花道(主人公)にジャンプシュートを教えるといった感じです。安西監督の存在が、選手主導でのびのびとプレーさせているように感じられます。自身のお手本は安西監督ですが、これまでに出会ってきた小・中・高校の先生、大学・大学院の研究室の指導教官、日産でのエンジニア時代の上司や先輩、千葉大学で一緒に仕事をさせて頂いた学長・副学長・教職員、そして人生の先輩などから多くのことを学ばせていただき、それらが自身の中でミックスされていると思います。
愛読書のスラムダンク(写真内左より赤木剛憲,安西監督,桜木花道)
- 吉澤先生が指導されている「メディアデザイン研究室」では具体的にどんな研究が行われているのですか?
- メディアデザイン研究室では、主に「視覚伝達デザイン」と「情報デザイン」に関する基礎研究ないし応用研究を行なっています。私の研究室は情報工学科に所属するため、広義の意味で「情報工学と絡めること」、そして「定量的なユーザ評価を行うこと」を必須としています。これまでの研究テーマは大きく分けて「エンブレム・ロゴマークに関する印象評価」「マンガにおける視覚効果の印象」「アプリケーションやWEBサイトのGUI評価」「案内サインのデザイン評価」などが挙げられ、学生達が時間をかけて独自の研究テーマを設定します。「配色の不調和」や「食における色の印象」といった色彩に関する研究テーマに取り組んだ学生もいます。来年度より、電子制御工学科の学生を専攻科学生(大学3・4年相当)として受け入れることとなり、ロボティクスやメディアアートといったハードウェア寄りの研究テーマも取り扱うことになりそうです。研究室学生の研究成果については、毎年10月末開催の学園祭「メディアデザイン展」で公開予定です。ぜひご覧いただけますと幸いです。(今年の学園祭「祗園祭」は、10月27日[土]と28日[日]に開催)
メディアデザイン展で掲載したポスター(2017年度木更津高専「祗園祭」専門企画にて)
- また、自身が木更津高専に赴任する以前から景観色彩に関する研究を続けており、現在はロシアのスモレンスク州立大学の研究者と一緒に共同研究を進めております。この研究は、自身の建物ファサード(外壁色)の両隣のファサード色を観察して、自らのファサード色を選択して、色彩決定の難しさ、周囲への配慮の程度などを評価する研究となります。日本では関心が薄かったのですが、国際学会で発表したことでヨーロッパの方々に関心を持って頂きました。そして、その研究者から共同研究のオファーをいただきました。景観色彩の研究についても、何人かの学生が関心を持っており、今後の継続課題になりそうです。
建物ファサードの色選択における日露比較に関する研究,ユリア・グリバー氏(スモレンスク州立大学)との共同研究*.
*Griber Y., Yoshizawa Y. : Ways to Find the right Colour for Residential Facades in Russia and Japan : A Comparative Study, 13th AIC Congress (AIC 2017) @Jeju, Korea (poster presentation)
- 個々の学生が自分の研究テーマを持っているというのが素晴らしいですね。やりたいことがわからないという人が増えている中で、それが明確に見つかっているということがすごい。だからこそ学生さんの研究テーマがリアリティーのあるものになってくるのですね。
- そうですね。研究室によっては、研究プロジェクトの中で担当を割り当てられたりしていますが、「メディアデザイン研究室」では、情報工学を学んだ学生各々が「デザイン」をどのように捉えて独自性あるテーマを決定するか、そのプロセス見てみたいと期待している部分もあります。学生達にとって、研究テーマを確定させることが最初の難関のように感じられます。テーマを確定させるために、研究テーマに係る周辺状況を調査などにより把握しなければなりません。ここを疎かにしてしまうと、実際に研究を行なったときに「実は、以前にやられていたことと被っていた・・・」ということが少なくありません。
そこで研究室の学生には、「文献や資料をたくさん読んでもらうこと」「実物に触れること」「現場を見ること」「ニュースを見ること」を意識させています。研究室には、いくつかのデザイン系の雑誌を置き、日頃から読んでもらっています。また、可能な限り毎年学生と一緒に都内の美術館などに行って、デザインを体感する機会を設けております。もちろん、各学生に研究テーマの分野に関係するデザイン制作の課題も課しております。
研究室学生と一緒に夏休みの課外学習(六本木21-21 Design Sightにて)
- 研究テーマを確定させるところに最初の難関があるのですね。その過程で、アンテナを張って世の中の動きを取り入れていこうという学生さんの熱意が感じられます。吉澤先生から一方的に与えるのではなく、「きっかけ」や「発想」のもととなるような環境作りがしっかりなされていて、学生さん自らが主体的に掘り出していくようなイメージでしょうか。だからこそ、研究がリアリティーのあるものとなってくるのでしょうね。これは、カラーの仕事にしている人にとっても、自分の研究テーマをもつ上で参考になる方法ですよね。
- そうですね、身近なところからテーマを探すと良いと思います。その際に「どうしてなんだろう?」「どうして、〇〇なんだろう?」といった疑問点が出てくるかと思いますが、その疑問点をずっと持ち続けて、突き詰めることが起点になるのではないかと思います。
- カラーの仕事をしている人は、ご自身のカラーの中の専門分野を研究して論文にして発表してみると、さらにお仕事の質が高まるでしょうね。
- 私はそうしたほうが良いと思います。それができるとオリジナルの分野を持つことができると強いと思います。私は個人として色々な経験をしたのですが、それらの積み重ねが本業で活きることもあると思います。全く色に関係ないことでも、それらが繋がればオリジナリティーになるのかなと思います。ぜひ、独自の研究テーマを持っていただきたいですね。
- 研究テーマですね。何かアドバイスはありますか?
- そうですね。まずは関心のある分野を特定いただくと良いと思います。そして、その分野において「どうして、〇〇なんだろう?」と思う部分を見つけ出していただくと良いと思います。私の場合は「どうして、JIS慣用色名が269色もあるのだろう?」「どうして、慣用色名の認識度が先行研究ごとで定義が異なるのだろう?」というものでした。 そこから『もしも、慣用色名の認識度がこれまでの先行研究で定義されたものを総合して定量化すれば、JIS慣用色名の認識度が判明して、各色名の存在価値がわかるのではないか?』という仮説に繋がりました。 「どうして、〇〇なんだろう?」といった着眼点に独自性があれば、良い研究テーマが得られると思います。そこから、そのテーマに関係する論文や資料、技術動向や社会動向などを調べて仮説を立てることになります。それに基づいて研究計画を立案して実験ないし調査による検証の流れになります。これができるようになると、「この分野だったら、この人に聞こう!」という自分のオリジナリティーが生まれてくると思います。そのオリジナリティーを、研いで、磨きをかけて、究めることで「強み」になるのではないかと思います。
「きっかけ」から「論文執筆」までの流れの一例(実際に博士論文を作成する際に作成・整理)*
*吉澤:ひとつのきっかけから論文執筆まで(慣用色名の認識に関する研究を通して)、日本色彩学会色彩教材研究会 第6回研究発表会
(東京:目白ファッション&アートカレッジにて)、2010年3月(※表の内容を一部変更して引用)
- 良い研究をするためのステップは実はとてもシンプルなのですね。まずは好奇心を持って学び、そこから生まれてくる疑問の種が研究への第一歩となりそうです。
- 実際に研究を行うに当たっては、大学や高専に在籍する専門家に相談されることも有効と思います。専門家から、研究をするにあたっての必要なスキルは何かを聞き出せたり、研究テーマについて相談できたり、場合により共同研究に繋がることがあるかもしれません。分野によりけりかもしれませんが、私も相談に乗ることができるかと思います。
逆に個人的に期待していることは、カラーコーディネーターやデザイナーなどのスペシャリストが抱える日頃からの「どうして、〇〇なんだろう?」を共有して、スペシャリストと研究者の強みを互いに補完し合うことで、新しい価値を生み出す機会を持つことです。スペシャリストと協働して、新しい流れを一緒に作り出せることを楽しみにしています。
編集部まとめ
吉澤氏からのヒントは、「一途であること」。
ひとつの物事を追い求め、研究し続ける先にこそ“発明”が得られるのだと実感した。