達人に聞く、「カラーデザイン」の話。【吉澤陽介氏編#3】色名研究
国際カラーデザイン協会のシニアカラーデザインマスター桜井輝子が各界の達人を訪ね、「カラーデザイン」にまつわるあれこれをインタビュー。ここでしか聞けない、とっておきの話をご紹介します。
デザイン学研究者
(独)国立高等専門学校機構 木更津工業高等専門学校 情報工学科 准教授
1976年長野県長野市生まれ.2010年博士(工学,千葉大学).
日産自動車,千葉大学大学院工学研究科機械系,千葉大学産学連携知的財産機構,千葉大学学術研究推進機構を経て,2015年10月に現職.
木更津高専情報工学科において,他高専では類を見ないメディアデザイン研究室を主宰し,視覚伝達デザイン・情報工学・人間工学の境界分野における研究・制作活動を行なっている.個人としては,JIS慣用色名が正しく用いられているか否かをデザイン心理学のアプローチにより明らかにして,JIS慣用色名の価値を定量評価することに力を入れている.
日本色彩学会,日本デザイン学会,日本基礎造形学会,長野県デザイン振興協会などに所属.
取材日/場所:2018年3月19日(月)/千葉県木更津市 木更津工業高等専門学校
- 吉澤陽介 ♯3
- 色名研究
- 吉澤先生は色名の研究をされていますが、何かきっかけはあったのでしょうか?
- 色彩に興味を持ち、大学時代に色彩関連の資格を受けた時に「色名はどうしてこんなにたくさんの種類があるのだろう」と疑問に思ったのが最初でした。JIS*で定められている色名は全部で269色ありますよね。似たような色もあったりしますし、「これって役に立つの?」と。それがスタートラインでした。また、様々な色彩資格のカラーチャートがあって記号でどのような色であるかを表現できるけれど、慣用色名との対応はどのようになっているのだろうかと常々考えてもいました。
*JIS(Japan Industrial Standard):日本工業規格。JIS Z 8102に「物体色の色名」が定規されており、系統色名と慣用色名が採録されている。
国際カラーデザイン協会発行 カラーチャート(第四版)
- とてもシンプルかつ本質を突いた疑問からスタートしたのですね。
- その後、慣用色名を博士論文のテーマとして取り上げて研究を始めました。まずは、実生活において色名がどのように用いられているかを把握しなればいけないなと感じました。自身の論文では、色名の種類の多さを見せるところから始まり、それぞれの基本色彩語の由来や慣用色名の分類、色の見え方についてなど、様々な角度から調査を行いました。また、先行研究を参考にしながら、慣用色名が認識されるとはどういうことなのかを考えた時に、「JISで定められている代表色からの色差」「慣用色名そのものを知っているかどうか?」「その慣用色名からどのような色なのかがイメージできるか?」、の3つの指標から認識度を定量化できないものかと考えました。
慣用色名認識のイメージ図
- 初の「慣用色名における認識度の定量化・体系化」に挑まれたわけですね。
- はい、そうですね。被験者への実験として、慣用色名が記されたカードを使って、その色名に該当する色票の上に置いていく課題、その色名を知っているか否かの調査(知名度)、その色名からどんな色かをイメージできるかの調査(イメージ可能度)を課しました。その結果、「赤」と「ジョンブリアン」の色選択の結果が下のようになりました。日常で情報されている「赤」は,被験者間のバラツキがほとんどなく,知名度とイメージ可能度も100%でした。対して「ジョンブリアン」は、知名度とイメージ可能度ともに10%以下に留まりました。色選択についてもそれらに付随してバラツキが大きい結果となりました。
慣用色名「赤」「ジョンブリアン」の色選択分布
- こうして図を見ると違いが一目瞭然ですね。ジョンブリアンは本来「あざやかな黄」ですが、本当に様々な色が並んでいます。それだけ知名度が低いということなのですね。
- そうですね。最終的に「色差の平均値」「イメージ可能度」「知名度」を主成分分析することによって、各慣用色名の「認識度」と「錯誤度」を導き出すことができました。先ほどの色選択の結果を示した「赤」は、認識度が高い結果となりました。そして日常で用いられている「白」「黒」やその洋名の「ホワイト」「ブラック」についても認識度が高く、対して「ジョンブリアン」「勝色」であれば認識度が低いという結果になりました。「ジョンブリアン」は,フランス語の “Jaune Brilliant”(輝く黄色)から来ており、油絵具では馴染みがありますが、被験者をして下さった学生(主に工業デザインを学ぶ学生)にとっては馴染みが無かったようです。「勝色」も認識度が低い色となりました。先月に閉幕したサッカーワールドカップ2018における日本代表ユニホーム(アディダス社製)が「勝色」でした。これを機に、「勝色」の存在価値が高まるかもしれません。「桔梗色」と「パンジー」は,「花(植物)」が由来になりますが、品種や発育具合によって花びらの色域が広いため,JISが定めた代表値から大きく外れる色も存在し、実験においても様々な色票が選択されました。
- また、ある先行研究(盛田ら:1990)では、認識度の度合いを5段階に格付けして考察されましたが、その5段階に格付けされた慣用色名に本研究で算出した認識度を当てはめて大小関係の比較を試みました。すると、先行研究が行われた当時と本研究が行われた時とで認識されている慣用色名は変わらないことが示唆されました。
先行研究の認識度分類における認識度点数の比較
- さらに、「サーモンピンク」や「群青色」といった基本色彩語*が含まれる色を対象にして、慣用色名としての有効度を定量的に評価しました。その結果、図中のグループAについては有効度が高いと判定され、逆にグループD・E・Fの一部を中心に有効度が低いという分析結果が出ました。有効度が低い色名は、軒並み認識度が低く、色選択実験の際に基本色彩語寄りの色票が選ばれた可能性が考えられます。
*基本色彩語:Berlin & Kayの言語調査に基づく基本11色のこと(Berlin & Kay:Basic Color Terms : Their Universality and Evolution. Univ of California . Press ,1969)。本研究では “Black・黒”、 “White・白” 、“Red・赤” 、“Green・緑” 、“Yellow・黄色” 、“Blue・青” 、“Brown・茶色”、“Purple・オレンジ”、“Pink・桃色”、“Orange・橙”、“Gray・灰色” を基本色彩語として取り扱った。
- ご研究を通して見えてきたことはありますか?
- まだまだ慣用色名として知られていないもの、認識されていないもの、誤認されているものがあるのではないかなと考えています。そういった点については、例えば今後JISを改定する際に、どうあるべきかを考える材料にはなるのではないかと思います。もっと先のことを見据えた場合には、カラーユニバーサルデザインとの対応も考えられればと思い、今後取り組んでいきたい研究テーマでもあります。
- それはとても興味深いテーマですね。後世に残したい日本ならではの美しい色名もたくさんありますが、若い世代にもっと慣用色名に親しんでもらうために、カラーに携わる私たちができることはありますか?
- まずは,色彩に関わるデザイナー、職人、研究者、そしてカラーコーディネータなどと慣用色名について情報共有したいと考えています。
日常生活において、「明るい赤」「くすんだ緑」といった系統色名だけでもコミュニケーションはできると考えます。ただ,そうなると大部分の慣用色名は使われなくなり形骸化してしまうと考えられ、果たしてそれは良いか否かから議論できればと思います。
その上で慣用色名は残すべきであれば、その名称のみならず由来となったルーツなどの本質も保全*すべきであると考えております。
*例えば、慣用色名「セピア」の由来は「イカスミ」であるが、セピア調の写真表現が流行したことで、本研究における「セピア」の色選択は、本来の「イカスミのセピア」よりも明るい色が選択される結果となった。流行によって、由来となる色から変わってしまったケースのひとつである。
- 実際にコミュニケーションツールとして用いるのであれば、色域をどのように扱うのか、近似色をどのように扱うかなどを整理すべきであると考えられます。これらの一連の作業については、多くの方と協働して良いものを創り上げていきたいですね。
- 今後の慣用色名に広がりについて、ぜひお聞かせください。
- 日本には伝統色や流行色といったものも存在しており、それらを入れると沢山の色名になると思います。現在、JIS慣用色名として採録されていないものでも、例えば「ショッキングピンク」のように頻繁に使われていたり、商品のカラーラインナップに用いられている色名が常用化されていたりするケースも見られます。2001年にJIS慣用色名が改訂された際に「現在の社会、特に産業界で比較的良く知られている色名、あるいは知ってほしいと期待される色名を慣用色名として269色取りあげる」といった意図があったそうです。これを踏まえると、継続的に色名を取り巻く環境についてアンテナを張って色名表現のモニタリングをすることが基本になると思います。もしも、慣用色名が日本にとって欠かせないものであるのならば、例えばJIS慣用色名の改訂の際に、モニタリングしたデータを見ながら色彩に関わる方と一緒に議論して協働したいと願っております。
慣用色名が記されたカードと色票(実際に本研究で使用)
※参考文献
・吉澤,日比野,小山「慣用色の認識に関する基礎的研究 第1報(色選択における色差・色名の知名度・イメージ可能度間の関係、および認識度評価の定量化の試み)」,日本色彩学会,33(2),96-107,2009年6月
・吉澤,日比野,小山「慣用色名の認識に関する基礎的研究 : 第2報:色選択法における慣用色名の弁別および基本色傾向に関する考察」,日本色彩学会誌,33(3),218-229,2010年9月 他